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Sunday Morning
約束してた創作です。




 カーテンの隙間から漏れる白い光に、黒馬氏は朝の訪れを知る。
 カウンターに突っ伏したままの姿勢で彼は薄く目を開いた。
 ゆっくりと身を起こして辺りを見回す。転がっているウイスキー・ボトルは一本や二本ではない。そこら中に散らかる食べ物の滓は、踏み荒らされた枯れ葉のようだ。頬杖をつきながらその光景を眺め、空虚な憂鬱感に険しくなる彼の眉間は、直後襲い来た重苦しい頭痛によってさらに深い皺を刻む。
 こんな朝を、何度迎えたのか分からない。
 胃の不快感は出口を知らない。痛飲の理由はいつも同じだった。こんなことがある度、二度と酒はやらんと思う。しかし、大きな空洞とその中を吹き荒ぶ風のイメージが憑物のように離れない夜、彼の手はまた酒に伸びる。何度も何度も繰り返した夜であり、何度も何度も繰り返した朝だった。

 昨夜、招かざる客が来た。
 その客が、何か無礼な振る舞いをしたわけではない。むしろ、その客の態度は、彼に最大限の敬意を払っていた。
 それなのに彼は、その客を<招かざる客>と認識した。何故か。理由は……分かっている。俺自身の問題だ。あの客に罪は無い。ただ、あの客は運悪く……その視線の先に、俺が最も目にしたくない俺自身の姿を映したのだ……。
 吐気と共に、昨夜の記憶が蘇る。
 その女は、彼がちょうど店を閉めようかと考えた時、酒場のドアを開けたのだった。


 燃えるように赤い髪を流れるままにし、女は積年の自信を溢れ出るままにしたかのような微笑みを浮かべて扉を開けた。一瞬表情が揺れたのは、黒馬氏の仮面に驚いたからだ。
「……随分、奇抜な仮面をつけていらっしゃるのね」
「いらっしゃい」
 女の呆れたような声色を意に介さず、黒馬氏は言った。女はわずかに肩をすくめてカウンターに座る。
「ヴァーミリオン・ザ・ビーチはあるかしら」
 黒馬氏は無言で頷き、棚からボトルを取り出してグラスに注いだ。いつもよりぞんざいな所作になったのは、女がずっと彼に意味ありげな視線を向けていたからだった。
 そして黒馬氏がグラスを女の前に差し出した時、女はこんなことを言った。
「あなたが黒馬さんね」
 女はじっと黒馬氏の、仮面の奥に潜む目を見つめている。
 その視線。そして今の、まるで以前から俺のことを知っているような言葉。
 ──なるほど。
 黒馬氏は悟った。数日前から酒場のあたりをうろうろし、彼の素性を嗅ぎ回っている女がいると知らせてくれた客がいた。それが、この女なのだろう。
「そして、バー黒馬のマスター……申し遅れました。私は西方の魔術都市ゲフェンで、あるギルドのマスターをしている者です。ごめんなさい、まだこれ以上は言えないのだけれど」
 確認するように、女が小首を傾げる。しかし黒馬氏がまた無言で頷くだけなのを見て、女は楽しそうに笑った。
「回りくどいのはお嫌いのようね」そう言って女はグラスを一度だけ傾ける。「単刀直入に言うわ。私たちのギルドは、プロンテラに活動範囲を拡げようと思っています。そこで活動の拠点を探していたのだけれど……」
 女はそこで言葉を切り、黒馬氏は察した。
 つまり、ここを溜まり場として使いたい、と。そういうことに違いない。
「この酒場、とても雰囲気がいいわね」
「うむ」
「私、一目見て気に入ってしまったの。でもここは、あなたのギルドが溜まり場として使っているのよね?」
「うむ」
「どうかしら。私たちもここを使いたいのだけれど」
 そら、きた。黒馬氏は思った。さて、どうするか……。カウンターの下に隠してある杖に手をかけ、戦いの中で祝福と奇跡をもたらす言葉を頭の中に編み上げる。
 しかし黒馬氏の予想に反して、女はこんなことを言った。
「どうかしら、私たちにもここを使わせてくれない? もちろん、ただでとは言わない。私のギルドはね、結構酒好きが多いの。きっとあなたのお店の売上に貢献するわ。それを見返りに。……どう?」
 女の表情に邪気はない。むしろ誠意の籠もった目をしている。彼は杖に触れていた手を収めた。
 ――したたかな女だ。
 黒馬氏は仮面の裏で自嘲気味に笑った。俺はもしかしたら、この女との短い会話を結構楽しんでいるのかもしれん。
 そして、そう、俺としてはこう答えるしかない。
「つまり……あんたたちは客だ」そう言って、黒馬氏は自分のために酒を注いだ。「客なら歓迎するさ……よろしくな」
 女の方に向けたグラスに、女がグラスを触れさせる。高く澄んだ音の向こうには女の笑顔がある。黒馬氏はグラスをカウンターに置き、中で揺れる琥珀色の液体を眺めるともなしに眺めた。
「ありがとう、嬉しいわ」
 女のグラスは空になっている。黒馬氏は女のグラスに酒を注いだ。
「今度、ギルドメンバーも紹介するわ。その時には、あなたのギルドのお仲間さんたちにもお会いしたいわね」
 琥珀色の液体は、音も無く揺れている。
「どうかな」
 黒馬氏が言うと、女が不思議そうな表情を向けた。彼はその表情に向けてではなく、自分に言い聞かせるように言った。
「もうずっと、ここには俺しかいない」
「……メンバーの方々は?」
「さあね」
 それぞれがそれぞれの道に旅立ち、それぞれの物語を紡いでいる。彼は一番、そのことをよく知っている。しかしそれは今日会ったばかりの女にする話ではなかった。何よりも、面倒臭い。
「そう……」女は物知り顔で頷いた。「よく分かりますわ。ギルドの運営って本当に大変。私たちのギルドも今までに数多くの問題を経験して、多くの人が抜けていった。だからこそ、このプロンテラに活動範囲を拡げなくてはいけなくなったのだけれど……」
 女の言葉は空ろに響く。<違うんだ>、黒馬氏は思った。<そういうことじゃない>。
 けれど、彼はそれを女に伝えることはしない。疲れのようなものが、彼にそれをさせない。人知れず静かに降り積もる廃墟の埃のように、生命を過去の中に封印してしまう類の疲労感。
 ──飽きたな。
 浮かび上がり交錯する感傷が流れ去った後、黒馬氏に残ったのはそんな感想だった。この女の相手をするのにも飽きた。
 女はまだ何かを話している。しかしその言葉が、黒馬氏の中で意味を結ぶことはない。
 女の苦労話を聞いて何かお節介の一つでも言ってやりたくなる衝動は、ある。しかしそれは職業病のようなものだ。聖職者としての彼のわずかな残滓のようなもの。
 ──だが俺は、あまりにも疲れすぎた。
「どうかなさったの?」
「すまんが」女の問いかけに、黒馬氏は一言一言噛み締めるように答えた。「今日はもう、店じまいなんだ」
「あら」
 女は驚いたように目を見開いた。
「ごめんなさい、すっかり話し込んでしまったわ」
「うむ」
 女が立ち上がる。黒馬氏はその振る舞いを無関心に眺めている。
「また後日、メンバーを連れてお邪魔しますわ」
「うむ」
「それでは、今日は帰ります。……あなたも、メンバーと再会出来ますように」
 そう言って女が背中を見せる。残滓。黒馬氏の中でまだかすかに熱を秘めた小さな魂の断片が、女に声をかけさせた。
「ああ、一つだけ」
 その声に女が振り返る。仮面の奥から彼女を睨み付けている視線には気づかない。
「この酒場を溜まり場に使っているギルドの名前は、バー黒馬じゃない」黒馬氏は仮面を外した。「……そして俺は、キャップじゃない」
 怪訝な顔のまま頷き再び背を向ける女を見送った後も、黒馬氏は立ち尽くしていた。
 目の前に展開する酒場の光景。
 その中空に横たわる空間は、あまりにも広すぎた。



 再開する頭痛に、記憶の再生が途絶える。
 あれから何時まで飲んでいたのか、まったく覚えていない。
 朝に特有の清涼な静けさが酒場の中を満たしている。その中にあって、黒馬氏の五体だけが悲鳴を上げている。
 ──俺はもう、聖職者として終わりなのかもしれん。
 そんなことを思う。神の声を聞くのは、この静けさの中で佇むことを許された人だ。俺には、自分の肉体が上げる呻き声しか聞こえん。
 おまけに、さ迷える人の話を聞き、導くことすら出来なかったのだ。
 カウンターに突っ伏したままの彼の視界に、ウィスキーの注がれたグラスが映る。氷はすっかり解けて、琥珀色は随分と薄くなっている。
 それぞれがそれぞれの道に旅立ち、それぞれの物語を紡いでいる。
 だが俺の時間は、こんな朝を繰り返す中でどんどん希薄さを増していく……ちょうど氷が解けた後のウィスキーのように……あるいは氷そのもののように……俺もまた、限りない夜と朝の繰り返しの中に消えてゆくのだろうか。
 そして黒馬氏は、喉の渇きを覚えた。グラスに手を伸ばすが、すぐに思い直す。酒……いや水だ。俺が今欲しいのは、水だ。黒馬氏は緩慢な動作で立ち上がり、グラスに残っていた酒を流し台に捨てる。棚のボトルに汲み置いてある井戸水をグラスに注ぎ、一気に飲み干す。

 その時、彼は囁き声のようにかすかな雨音を聞いた。

 黒馬氏は怪訝な表情を浮かべて扉を眺めた。
 雨が降っているにしては、外から射し込んでいる朝の光は明るすぎる。
 グラスをカウンターに置き、扉に近付く。
 扉に手をかけ、一瞬躊躇してから、彼は扉を開ける。
 ……朝の風景が展開する。
 霧のように細やかな雨が降っていた。
 まばらな雲の間には青空が覗いていて、朝日の輝きが幾つもの筋になって降り注いでいる。
 プロンテラの街は、そんな空模様が作る光と影のコントラストと霧雨のスクリーンの向こうで、白昼夢のようだった。
 その風景に思わず見惚れる黒馬氏の耳に、思い出の中の声が蘇る。

 ──俺が先行する。黒馬さんは回復を優先気味に頼む。
 ──私ストームガストしかしないけどいいよね?
 ──じゃあおれもブラギしかうたわないぜ。
 ──もうちょっと働けよお前ら! まあ俺も鷹しか飛ばさないけど。
 ──黒馬さん、俺少し回復担当しようか……?

 ずっと思い出すことを避けていた記憶だった。いつも酒場を賑わしていた仲間達との、狩り直前の光景。あの時、自分は何を言ったのかと彼は考え……そしてきっと、こう言ったに違いないと思った。
 ──ま、いくか。
 そして彼の仕事が始まる。あの頃のように、黒馬氏は小さく呟いてみた。
「Blessing...May God bless you」
 呼びかけに応じ、彼の身体を不思議な力が満たす。残滓……どうやら俺は、まだ聖職者でいなければならないらしい。
 黒馬氏は天を仰いだ。朝は果てしなく広がっている。そしてその向こうには夜があり、また朝がある。繰り返される日々の中、俺はただ待ち続ける。オン・ザ・ロックのウィスキーを傾けながら。



推敲不十分で、気になる点が残ってるけどタイムアップ……。ご笑納くださいw
そしておやすみなさい!
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Comment

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うむ、おつかれ
俺…
かっこいい…
| URL | 2008/06/12/Thu 19:02 [EDIT]
おつありw
>馬さん
コメントに吹いたw
後で読み返すと色々難点も見えてくるんですけれどね……。

さー次は誰を……。
Laelia | URL | 2008/06/13/Fri 01:28 [EDIT]
マシュマロ
黒馬=メレンゲの構図が見えない。
きっと次はジェントルな俺だな^-^
| URL | 2008/06/16/Mon 00:54 [EDIT]
感想ありがと~
なるほど、その構図が……ってだからメレンゲって何!?

ジェントルなましゅさん、書いていいなら書きますよ(´-`*)
Laelia | URL | 2008/06/18/Wed 04:09 [EDIT]
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| | 2008/08/23/Sat 01:00 [EDIT]

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